東洋医学講座 426

生命のロウソク「腎」をすり減らさない生き方 – 相火の暴走を防ぐ養生訓

生命のロウソク「腎」を
すり減らさない生き方
相火の暴走を防ぐ養生訓

一生懸命に活動するほど、寿命を削っているとしたら…?」東洋医学では、私たちの生命力を「ロウソク」に例えて説明します。土台となるロウ(腎)が弱まると、火(相火)は異常に燃え上がり、自らを焼き尽くしてしまうのです。本稿では、腎の力を温存し、全身のドミノ倒し的な病変を防ぐための「治病観」と、個体差に合わせた養生の本質を紐解きます。

この記事を読めば、東洋医学について理解できるかと思います。分かりやすく、丁寧に解説するので、ぜひ一緒に学びましょう!

今回の講義の概要

  • 腎と心の「夫婦バランス」
    腎(水)と心(火)は互いを制御する拮抗関係にあります。腎が弱まるとブレーキが効かなくなり、体内の熱(相火)が暴走して五臓全体を傷つけます。
  • ロウソクの比喩
    腎精はロウソクの「ロウ」です。不摂生でロウが柔らかくなると火は大きく燃え上がり、一気に寿命を消費します。過食や夜更かしはこのロウを溶かす最大の要因です。
  • 個別の「尺度」を持つ
    健康の基準は人それぞれです。強靭な人のマネをするのではなく、自分自身の生命力のスケール(尺度)を見極め、最適な「温清」の環境を保つことが大切です。

腎系統の治病観

腎系統の治病観 生命のロウソクを長持ちさせる知恵 東洋医学の「腎」と「相火」の治病観

東洋医学の古典では、腎の病理と治療の原則について次のように説いています。

腎水じんすいが虚するときは、相火そうかおうし、腎の天気をますます弱らせる。過剰な火は肺金はいきんを剋し、バランスを崩した肝木かんもく脾土ひどを剋す。このように五臓が次々と互いを剋し合い、生命の調和が絶たれる事態となる。

つまり、生命力を正しく保つためには、「腎の力を十分に保有し、体内の熱(相火)が暴走(妄動)するのを防ぐこと」が最も重要であるとされています。

腎の病は、極端な「燥熱(乾いた熱)」と「寒さ」を嫌い、適度な温かさと清浄さである「温清(おんせい)」を好みます。腎は、過不足のない一定の温度環境にあることを好む臓器なのです。

腎系統の病気の原因と治療法

拮抗のバランスが崩れるとき

「腎水が虚するときは相火が旺し、腎の元気をますます弱らせる」とは、腎と心のバランスが崩れた状態を指しています。

通常、腎(水)と心(火)は互いに制御し合う拮抗関係にあります。これを夫婦に例えるなら、腎が夫で心が妻のような関係です。夫(腎)の力が弱まると、妻(心)の活動が過剰になり、家の外へ出ていくように、火の気が体内で暴れ出します。本来であれば互いに支え合う関係が崩れてしまうのです。

この「相火(体内で発生する熱)」が過剰になると、腎の元気はさらに消耗します。すると、通常は100の力で均衡していた関係が、火の力が急激に150に亢進することで、今度はその火が肺(金)を溶かす「火剋金かこくきん」の問題を引き起こします。

さらに、心の火が一時的に亢進すると、木(肝)もその熱を受けて一過性の亢進(木過火作用)を起こし、勢いを増した肝木が脾土を痛めつける「木剋土もくこくど」の結果となります。

このように、一つの臓器(腎)の弱りは、そこだけに留まらず、五臓全体へと波及し、全身の機能を低下させてしまうのです。だからこそ、生命力の要である腎力を保ち、火の妄動を防ぐことが何より重要になります。

「ロウソク」で見る生命力の消費

この腎(生命力)と火の関係は、ロウソクに例えると非常に分かりやすくなります。

  • ロウ(腎精・生命力)
    燃料となる本体
  • 火(生命活動・代謝)
    燃えて光や熱を出す働き

ロウが十分な固さと量を保っていれば、燃える火も安定して一定の明るさを保ちます。しかし、ロウの力が弱まって溶け出し(腎虚)、柔らかくなると、火はボーッと大きく燃え上がります(相火の妄動)。火が激しく燃えれば、当然ながらロウは急速に減っていきます。つまり、生命力が急激に消耗してしまうのです。

ロウは生命の源ですから、大切に使わなければなりません。必要な明るさ(活動)のためだけに使い、無駄に燃え上がらせてはいけないのです。

日常生活でロウを無駄に減らしてしまう要因には、以下のようなものがあります。

  • 甘いものの摂り過ぎ
  • 過食(腹八分目を超えて消化力を使いすぎる)
  • 宵っ張り(夜更かし)
  • 身体を冷やす飲食物

これらは、ロウ(腎精)を急速に溶かし、寿命を縮める行為と言えます。昔から「腹八分に病なし」と言われるのは、消化吸収のためにエネルギーを浪費せず、生命力を温存する知恵なのです。

個体差を見極める「尺度」の重要性

健康な人は多少の無理が利くためあまり神経質にならなくても良い場合がありますが、すでに病にある人や虚弱な人は、少しの間違いが大きな悪影響を及ぼします。

人はつい、自分の体感や体力を基準(尺度)にして物事を判断しがちですが、治療や養生においてはこれは危険です。相手の生命力のスケール(大きさ)を素早く見極め、その人に合った尺度で計らなければなりません。

例えば、激務をこなす政治家や財界人は、もともと持っている生命力の器が特大であるため、多少の不摂生をしても平気なことが多いです。しかし、そのような強靭な人の生活習慣や健康法が、万人に通用するわけではありません。

人間の生命力には、特大の人もいればそうでない人もいます。医療や養生を考える際は、体力的に弱い立場にある人を基準に考えなければなりません。「中庸ちゅうよう」というバランスの基準も、人によって異なるのです。

腎の病は、熱すぎず寒すぎず、人体の恒温を楽に保てる「温清」の環境を最も好みます。この最適な環境づくりこそが、腎を養う基本となります。

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