腎と冬の「求心作用」
易経「乾為天」に学ぶ自然の理
冬の厳しい寒さ。私たちはつい身を縮こまらせますが、東洋医学ではこの寒さこそが生命力の源「腎」を養う重要な鍵であると考えます。
本稿では、なぜ冬が腎を旺盛にするのか、その「求心作用」のメカニズムと、自然界の冷熱の法則、さらには宇宙の真理を示す「易経」の知恵との深いつながりまでを紐解いていきます。
この記事を読めば、東洋医学について理解できるかと思います。分かりやすく、丁寧に解説するので、ぜひ一緒に学びましょう!
腎と冬
「寒気」は冬という季節を、一日の中では夜という時間、そして人体においては生命力を司る「腎気」を創り出します。私たちの身体は寒さに遭うと、自然と身を固めて内なる熱(内燃性)を強め、それによって腎の働きを盛んにさせます。
夏の地下水が冷たく、冬の地下水が温かく感じられるように、これは「冷」と「熱」が互いに拮抗し合う裏表の現象です。温度とは、単に熱だけで成り立っているのではなく、熱気と冷気の協力と相互作用によって生まれます。一方が下がれば、もう一方は相対的に上がることになるのです。
外気が下がれば下がるほど、身体は自らを守ろうとする内なる働きを強め、腎の力は旺盛になります。しかし、その守る力自体が不足している場合、この厳しい環境は生命の危機へと転じることもあります。
腎と寒の関係と働き
熱と冷の拮抗作用

東洋医学では、エネルギーが外へ向かって発散される働きを「陽遁」と言い、これは「木気」が司る加熱作用です。小さな種が熱を得て大きく成長していく「伸長作用」も、この陽遁作用の一つです。陽遁は、中心から外へ向かう「遠心性」の働きであり、暖かくなると身体が緩んでくるのは、この力が働くためです。
その反対に、外へ向かっていたエネルギーが、寒さによって中心へ向かう働きを「陰遁」と言い、これを「求心性」と呼びます。身体の力が中心に向かって収縮し、深いところに集まってエネルギーを蓄えるのです。
腎は、人体において最も中心にあり、最も深い場所で働く、全体を支配する根源的な臓器です。したがって、エネルギーが中心に集まる求心性の状態、すなわち静かな状態にあって初めて、腎はその本来の力を最大限に発揮し、「腎旺」となることができます。寒さが強ければ強いほど、腎の力、すなわち内燃性は強くなるのです。
この原理は自然界にも当てはまります。冬の寒さが厳しければ厳しいほど、植物は内にしっかりとエネルギーを蓄え、次の春には力強い芽を出すことができます。暖かい冬では、決して良い芽は出ません。冬が寒ければ寒いほど、内なる保温力が高まり、生命の「核」が充実するのです。
自然のリズムと易経の知恵

この自然のリズムは、さらに大きな循環へと繋がっていきます。例えば、「冬が寒い年は、その次の夏に雷が多くなる」と言われます。
なぜなら、厳しい冬を越した草木は春に力強く成長し、夏には酸素を盛んに放出します。この酸素を多く含んだ空気が上空に昇ることで電気が生じ、雷が発生しやすくなる、と東洋医学では考えます。五行において「木」は、易の八卦では「震」、すなわち「雷」に対応します。木の気は振動するエネルギーであり、天では雷、人の心では「怒り」、身体では「動力」として現れるのです。
この春夏の「陽遁」の働き、すなわちエネルギーが内から外へと発現していくプロセスは、易の「乾為天」という卦によく象徴されています。

- 初爻(一番下の段階)
ここには「潜竜、用うる勿れ」という言葉があります。これは、竜のような絶大な能力を持つ人物も、まだ幼い潜伏期間には力を養うべきで、社会もその力をまだ用いてはならない、という意味です。冬の間にエネルギーを蓄える自然の働きと同じです。 - 二爻(二番目の段階)
次の段階では「竜、田に現る」とあります。これは、力を蓄えた竜が地上(社会)に姿を現す様を示しており、人が成人して社会に出る姿に例えられます。
このように、自然の仕組みを解き明かす易経の知恵を知ることで、人体のこと、社会のこと、ひいては政治のことまで、その根本原理がよく分かるようになります。あらゆる物事は、自然の理に則って行うのが最も理にかなっているのです。このことから、易経は古くから「帝王の学」とも呼ばれてきました。













今回の講義の概要
冬の寒さは、身体のエネルギーを中心(腎)に集める「求心作用(陰遁)」を生み、春の活動(陽遁)に向けた内なる力(内燃力)を蓄えます。
自然界の熱と冷は裏表の関係にあり、冬が寒ければ寒いほど、身体は内なる保温力を高め、充実した生命の「核」を作ることができます。
このエネルギー循環の法則は、易経の「乾為天」の卦(潜竜用勿れ)にも象徴されており、自然の理に則って生きる「帝王の学」の知恵と深く結びついています。