うつ病

うつ病における鍼灸治療の基礎知識 ー 心と身体のバランスを取り戻す

うつ病

「いつも頭が重く、何となく憂うつで気力がない…」
「仕事ができないほどではないが、どうしても気分が乗らない…」
「理由もなくイライラしてしまう…」

このような気分の落ち込み意欲の低下が長く続く場合、それはうつ病のサインかもしれません。うつ病は、日常生活に大きな支障をきたすことがある深刻な精神疾患です。この記事では、うつ病の基本的な知識、そして東洋医学に基づく鍼灸治療が、薬物療法を補完する形でどのように心身のバランスを整え、つらい症状の緩和をサポートできるのかについて、詳しく解説します。

【目次】

1.うつ病とは?~その原因と様々な症状~

うつ病の主な症状

悩んでいる女性

うつ病の症状は、精神的なものと身体的なものが複雑に絡み合って現れます。

  • 精神症状
    • 気分の落ち込み、憂うつ感、悲哀感、絶望感
    • 興味や喜びの喪失(今まで楽しめていたことが楽しめない)
    • 意欲の低下、気力がない
    • 思考力や集中力の低下(考えがまとまらない)
    • イライラ、焦燥感
    • 自分を責める気持ち(自責感)、無価値観
  • 身体症状
    • 不眠(寝つきが悪い、夜中に目が覚めるなど)、または過眠
    • 食欲不振と体重減少、または過食と体重増加
    • 全身の倦怠感、疲労感(疲れが抜けない)
    • 頭痛、頭重感
    • 口が乾く
    • 便秘
    • 動悸、息切れ
    • 肩こり

初期には「何となく気分が乗らない」程度でも、症状が進んでくると、一日中ぼんやりし、毎日の生活がどんよりと重苦しいものになってしまいます。

うつ病とノイローゼ(神経症)の違い

ここで注意が必要なのは、ノイローゼ(神経症)とうつ病は違うということです。 ノイローゼは、ご本人が症状に悩み、「生きたい」「より良く生きたい」と願うがゆえに様々な苦悩を訴えることが多いです。 一方、うつ病が重症化すると、物事の考え方が極端に悲観的になり、死への恐怖感が薄れ、自殺を企てる危険性があります。これはうつ病という病気がそうさせているのであり、決して本人の意思の弱さではありません。

2.【重要】専門医による診断と治療の優先

うつ病の治療は、精神科や心療内科といった専門医による正確な診断と、それに基づく適切な薬物療法や精神療法が基本となります。 特に、自殺を考えるほど重症な場合は、ためらわずに専門医の診察と指導を受けなければいけません。

ひごころ治療院の鍼灸治療は、あくまで医師による治療を補完し、心身のバランスを整えることで、回復をサポートするものです。「気分がすぐれない」「頭の中がごちゃごちゃして考えがまとまらない」といった比較的軽い症状の場合や、薬物療法と並行して体質改善を目指したい場合に、鍼灸などのツボ療法は効果が期待できます。

3.うつ病に対する鍼灸治療

東洋医学で考えるうつ病と「気の滞り」

軽いうつ病では、精神症状と一緒に、口が乾く、食欲がない、便秘、身体がだるいなどの自律神経症状を伴うことが多くあります。 東洋医学では、このような心身の不調を、生命エネルギーである「のめぐりがとどこおっている状態気滞きたい)と捉えます。エネルギーがうまく体内を循環しなくなったために、様々な症状が生じると考えるのです。

したがって、治療法は、滞りのあるポイントを見つけ出し、その経路の流れを良くしてあげることが基本になります。

その判断の目安としては、

  1. 身体のあちこちを押してみて痛みのあるところ(圧痛点
  2. ツボの体温が異常に高い、または低い
  3. 触診してみて、筋線維の中に硬く触れるしこりがある

といった、身体に現れるサインを丁寧に探ります。 そして、これらの異常が見られる点に対して、鍼、灸、低周波の刺激器などで刺激を与え、気血の巡りを整えていきます。

症状緩和に効果が期待できる主要なツボの例

うつ病の身体的な反応は、機能面を含んだ循環器系に現れることが多く、特に身体の前面を走る任脈にんみゃくと、背面を走る督脈とくみゃくという二つの重要な経絡に反応が出やすいです。

胸腹部 「膻中だんちゅう」、「鳩尾きゅうび」、「巨闕こけつ
    「中脘ちゅうかん」、「関元かんげん
頭頂部 「百会ひゃくえ
背部  「心兪しんゆ」、「膈兪かくゆ」、「脾兪ひゆ」 
    「腎兪じんゆ
腕部  「内関ないかん
足部  「足三里あしさんり」、「三陰交さんいんこう」、「湧泉ゆうせん

兪穴ゆけつによる診断と治療

身体の背面には、各臓腑と繋がる12カ所の兪穴があります。ここを刺激し、痛みやしこり、コリといった反応があれば、そのツボを中心に刺激を与えます。その中でも、「心兪」、「脾兪」、「腎兪」などは、“”をめぐらす上で特に重要な働きをします。

具体的な鍼灸治療法

ツボへの刺激は、指圧や低周波の刺激器、そして鍼灸治療が有効です。

  • 鍼灸治療
    上記のツボや、身体に現れた反応点などを選んで施術します。お灸の場合は、1カ所に3~5壮、米粒大またはその半分程度の大きさのもぐさをすえると良いでしょう。
  • 指圧
    指先を立ててツボを刺激する刺鍼法ししんほうのような指圧が効果的です。特に、背中の「膈兪」とみぞおちの「鳩尾」への刺激は、うつ病に特徴的な不眠を改善し、熟睡をサポートする効果が期待できます。もちろん、通常のマッサージや指圧でもリラックス効果はあります。
  • 低周波療法(パルス療法)
    鍼に微弱な電流を通じて刺激する治療法も、うつ症状に悩む方には大変効果的な場合があります。

治療の注意点:長期的な症状に対する「太極療法」

長期間のうつ病や神経衰弱には、太極療法たいきょくりょうほうと呼ばれる全身治療が勧められます。 うつ病などは、現れる症状が様々に変化します。頭痛、不眠、食欲不振といった個々の症状一つひとつにツボ療法を行っても、まるでゲリラ退治のように、一つの症状が改善してもまた別の症状が現れ、きりがないことがあります。 そのような場合に、より根本的な治療効果をねらうのが太極療法です。

  • 狙うツボ
    心兪」、「胃兪」、「腎兪」、「膻中」、「中脘」、「大巨だいこ」といった、心身の根幹に関わるツボに絞ります。
  • 治療の進め方
    一度選んだこれらのツボを、症状が変化しても変更せずに、3週間くらい続けて治療をします。同じツボに、長時間かけて鍼や灸の刺激を与え続けることで、小手先の対症療法ではなく、全身の根本的な改善を図るものです。

4.薬物療法との併用と副作用の軽減サポート

研究に基づく鍼灸の効果

近年、うつ病に対する鍼灸治療の効果について、多くの科学的な研究が行われています。 いくつかの研究では、鍼灸治療が抗うつ薬と同程度の効果を示す可能性や、抗うつ薬と併用することで、より高い相乗効果が得られることが報告されています。 (ただし、まだ研究段階であり、さらなる検証が期待されています。)

患者様の声と体験談

実際に鍼灸治療を受けた患者様からは、

「薬の量が減った」
「気持ちが楽になり、前向きになれた」
「夜ぐっすり眠れるようになり、身体が軽くなった」

など、症状の改善を実感する声が多く聞かれます。鍼灸治療は、抗うつ薬の副作用(口の渇き、便秘、吐き気など)を軽減する目的でも活用されています。(※効果には個人差があることをご理解いただく必要があります。)

5.日常生活で心がけたいこと(養生法)

鍼灸治療と合わせて、日々の生活習慣を見直すことは、うつ症状の改善と再発予防のために非常に重要です。

  • 規則正しい生活
    できるだけ毎日同じ時間に起き、同じ時間に寝るように心がけ、生活のリズムを整えましょう。朝の光を浴びることは、体内時計をリセットし、気分を安定させる助けとなります。
  • バランスの取れた食事
    食事は心と身体のエネルギー源です。特定の食品に偏らず、タンパク質、ビタミン、ミネラルをバランス良く摂りましょう。特に、セロトニンの材料となるトリプトファン(大豆製品、乳製品など)や、神経の働きを助けるビタミンB群を意識するのも良いでしょう。
  • 適度な運動
    ウォーキングや軽いジョギング、ストレッチなど、無理のない範囲で身体を動かす習慣を取り入れましょう。適度な運動は、気分転換になるだけでなく、血行を促進し、睡眠の質を高める効果も期待できます。
  • ストレスを上手に管理する
    自分に合ったリラックス法(深呼吸、瞑想、趣味の時間など)を見つけ、ストレスを溜め込まないように工夫しましょう。
  • アルコールは避ける
    アルコールは一時的に気分を高揚させるように感じられても、結果的にうつ症状を悪化させることが知られています。摂取は控えるのが賢明です。

鍼灸療法は、症状の緩和だけでなく、患者様の心に安らぎをもたらす可能性を秘めています。西洋医学的な治療と並行して、鍼灸治療を検討してみるのも一つの有効な選択肢かもしれません。

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