胸腺 ー 免疫システムの司令塔とT細胞進化の秘密
胸腺は、私たちの免疫システムにおいて極めて重要な役割を担う臓器であり、特に「免疫の司令塔」として機能するT細胞の成熟を司っています。この器官は、体が活発に機能する若年期にピークを迎え、その精緻な細胞選別プロセスを通じて、体を守る上で不可欠な高度な免疫応答を可能にしています。
胸腺
胸腺は、出生後20歳頃まで重量を増やして最大30gに達し、その後は加齢による退縮が始まります。この臓器は免疫系の中でも最も進化した免疫器官であり、主に外来抗原向けのT細胞を産生します。この機能は、特に体が活発に活動する若年期にT細胞が集中的に作られることを示しています。
胸腺は被膜、皮質、髄質から構成され、被膜と髄質は外胚葉由来の上皮成分を含み、皮質が内胚葉由来の上皮成分を含んでいます。T細胞の分化・成熟のほとんど全ては皮質で起こります。加齢に伴って胸腺が萎縮するのは、この主要部分である皮質が退縮するためです。
胸腺で産生されるT細胞の元となる幹細胞は、胎生期に胸腺へと移行し、そこで前駆T細胞から分化・成熟します。T細胞がT細胞であることの証はTCR(T細胞受容体)を持つことであり、通常のT細胞はヘルパーT細胞(CD4陽性)かキラーT細胞(CD8陽性)を発現しています。
そして、T細胞の分化は「前駆T細胞 → 未成熟T細胞 → 成熟T細胞」という順序で進行します。このように、進化レベルの高い胸腺でのT細胞分化は、極めて精緻な分化・成熟過程を経ます。
一度発現したCD4⁺CD8⁺のステージにある細胞は、プログラムされた細胞死(アポトーシス)を起こし、その95%が死滅します。この死滅によって、自己応答性の禁止クローンが排除されます。この過程を「負の選択」と呼びます。
一方、MHC(主要組織適合抗原)が父親由来であれ母親由来であれ、細胞が保有する自己MHCを認識したT細胞のみが選択的に分化へと進みます。この選択を「正の選択」と呼び、分化の後半部分で起こると考えられています。
では、なぜ胸腺では、せっかく作り出したクローン(禁止クローン)を排除するようなことが起こるのでしょうか。それは、胸腺上皮に発現している様々な自己抗原と禁止クローンが反応を起こし、この刺激によって細胞が死に至るからです。このステージのT細胞は、細胞死を抑制するbcl-2遺伝子を発現しておらず、死にやすい状態にあります。また、TCRやCD4、CD8が一体となって「MHC+抗原」と反応するため、刺激を受けやすいという両面の特徴が考えられています。
正と負の選択を終えた成熟T細胞は、髄質の血管から循環系に入り、リンパ節、脾臓、パイエル板などの末梢免疫組織に定着します。L-セレクチンなどの接着分子が、これらの組織へ定着するための分子として機能するといわれています。特に、高内皮細静脈(HEV)を経て定着することが知られています。
進化したT細胞は優れた機能を持ち、もし自己応答性があれば生体にとって危険ですが、「負の選択」を受けているためその心配はありません。また、ストレス、ステロイドホルモン、X線照射によって胸腺が急性萎縮するのは、このような進化したT細胞を「今使うべきではない」という生体の判断として、T細胞の分化・成熟を一気に停止させる現象であると捉えられます。
T細胞の存在が明らかになったのは、1961年のマウスを用いた新生仔胸腺摘出実験です。生後3日以内に胸腺を摘出すると、リンパ節や白脾髄の形成不全が起こり、免疫不全が生じます。
しかし、成長した個体になってから胸腺を摘出しても、リンパ節や白脾髄が完全に消失するわけではなく、多少萎縮するにとどまります。このことから、新生児期に胸腺がT細胞を末梢免疫臓器へ送り始めると、そこで定着したT細胞が再分裂を繰り返すことが分かります。ただし、その後もT細胞は継続的に末梢へと供給され続けています。
この記事を読めば、免疫について理解できるかと思います。分かりやすく、丁寧に解説するので、ぜひ一緒に学びましょう!
今回の講義の概要
・胸腺の機能とT細胞の産生
・T細胞の厳格な選別プロセス(正と負の選択)
・胸腺の機能と全身の免疫維持